ヤカの感想

読書とかの感想と、ちょっとの雑記

散文

めも

捨てられたと強烈に感じた時があったのだ

なにに?家族に?職場に?社会に?

なんだかわからないけど、とにかくこの捨てられた感覚はずっと私の中に残った。それから少しずつ街は変容し、隠れていた影が、仄かに浮かび上がってきた…

 


駅は朝から、水色の電車を何本も送り出す。商店街の突き当たりに駅はある。商店街は定規を寝かせたように直線で、縁取るように50年前に建てられた家に、棺桶が一つずつ置いてある。家主は年老いた吸血鬼たちだ。彼らはラナンキュラスの品種改良が趣味で、春になるとコンクリートの間のわずかな隙間に、見事な花を咲かせている。作った本人は、夜の間にしか眺めることができない。

 


この街には外から、たくさんの外来生物がやってきている。あらいぐま、はくびしん、たいわんりす、ガビチョウ、そして何よりいま私を悩ませているのは兵隊だ。

兵隊たちは自身が魂だけになっているのを知っていて、たくさんのものに取り憑く。

兵隊に取り憑かれた人やものは、浮かれてしまったり泣いたりする。こうなるともう、どうしようもない。

ある台風の日の朝、兵隊たちがいなくなっていた。奴らは風に弱いのか。空は青く、強い南風が吹いていた。

 

 

 

神様はきっと私のことを許さないよ、と、母親がやってきた。母親というが、本当に母なのかは実はわからない。私の幼い記憶では、くらい澱んだ川の中から、光る手が自分を掬い上げてくれた、母その人がこの人と結びつかないのだ。神様は私を許さない、がこの人の口癖だ。神様というのは誰だろう、どうすれば許してくれるのだろう、と聞くと、おいおいと泣き崩れ、しまいにはお前のせいだ、と言って帰っていく。

母は、私に、ラナンキュラスを1本持ってきている。

 

 

 

手頃な花瓶がない。通販で買うのも味気ないが、無意味にスマホを触り寝転がってしまい、気がつけばマットレスの通販を見ていた。最近のはだいぶ寝心地が良さそうだ。

 


通勤電車:

5分の遅れ。川縁では少年たちが野球をしている。

仕事:

小さなコンピュータの部品みたいに、デスクにきちんと収まり、本日の案件、というのをこなす。あんまり自分のこと考えちゃいけない、昼ご飯のキムチチャーハンのことばかり考えている。今日電話した相手先、ふとしたことで相手の情報を聞いた。わかってるふりして相槌を打ったが、元きのこだった人間っているのだろうか。

今日も夕焼けは昨日と同様美しかったらしい。しらんけど。星も綺麗だったらしい。しらんけど。退勤、同僚のピクシーが通勤用の羽をつけ直している。空を飛べて帰れるのは羨ましい。私も両手を広げて、羽根にならないか、試してみた。恥ずかしいからほんの暗がりで。

ピンク色の月が、ほのかに甘い匂いを流している。星も夕焼けも見れなかったけど。

 


角砂糖をアリに配る仕事が求人情報に載っていたので気になっているが、アリの大きさってどんくらい?人みたいに大きいオバケアリだったら、やだな。

 


通勤中、侘沼さんがまた沼に嵌っていたので助けた。しかし、ずっと沼にいさせてほしい、とたのまれたので手を離した。沼に沈む彼は、ちょっとモナリザみたいな顔をした。カエルみたいできもいきもいと言われ続けていたのに、こんな美しい顔をするなんて、この人の居場所は初めから沼だったんだ、がんばって地上に出て暮らさなくちゃいけなかったのか、ごめんね、と思った。翌日沼は埋められた。

 


小説の中からアップルパイを焼いたキャロルが出てきたのに、私はそのタイミングを逃してしまったみたいだ。部屋にはパイの香りだけが残っていた。コンビニ弁当を開けた。値段100円下げて、もっと普通の味のやつ出してほしい。グリーンサバマトンカレーってなに?だれかが流行らせようとしてない?でも食べたので、感想をあげよう。美味しかった〜😋

 


全てが嫌になっている。

布団の中で目を瞑ると、どんどん布団が沈んでいく。このまま沈んで、沈んで、もう登れないところまで行ってほしいのに、綿の限界で止まってしまう。手を動かしたら何かに触れた。お金だ。お札の束が、たくさん水底に沈んでいる。やわやわとふやけて、揺れて、あーこれひとつかみあれば、私大丈夫かな、と思うが、同時に憎くもなって、今度はそれを布団でぶっ潰してやりたくなった。枕を掴んで、手足をバタバタさせて、夢の中でとても暴れた。札が飛んで、舞っている。私は叫ぶ。お前たちが埋めた沼の下で、生きている人がいるのに!!!と。お札はそんなの知らないはずだ。お札のせいじゃないはずだ。そしてこれは本当は私の怒りだ、侘沼さんだけじゃない、私も沼の下で。お前たちのせいだ。お前のせいだ!と私は泣き喚く。そしてラナンキュラスが一本、胸に突き刺さっているのに気づく。

 


いつの間にか吸血鬼に襲われていたらしい。

スミマセン、の書き置きと共に5000円札が置いてある。腕から血が流れている。窓が空いている。色々とムカつく。

なのに、ラナンキュラスが置いてある、なぜかそれがやわらかくて、慰められてしまった。泣きそうになった。

 


街灯の下、金のマントをまとった裸の少女が、若い吸血鬼たちに囲われている。暗闇の馬に乗せられて、彼女は半狂乱で笑っている。

月が赤くなってる。今日は吸血鬼の夜なんだ。あの子は選ばれて、吸血鬼になるのだ。

見たくないものをみた、カーテンを閉めた。

 


次の日は、花がよく咲いていた。

花畑と化した駐車場で、昨日の少女が死んでいた。陽光の下の花へ惹かれるように躍り出て。昨日の狂気は表情から消えている。体から静かに立つ湯気がプリズムを作って、消える。

 


アイブロウブラシをドラッグストアで選ぶ。真っ白な蛍光灯。たくさんのポップ。どこかで聞いた曲のアレンジ。ここは地下1階。

会社帰りの通勤路。サプリメントや歯磨き粉や化粧水を買っていた。買ってほしいって訴えの全てに応えようとした。

帰宅後彼らをビニール袋から取り出して綺麗に並べた。金箔のある歯磨き粉の箱、ティッシュ、薄白いパッケージの化粧水。彼らはもうドラッグストアにいたほどの輝きを放っていなかった。買われたから役目を終えたって顔をしている。またか…。

そして本当に欲しかった、アイブロウブラシはいないのだ。